こんにちは。オタクです。
とらドラ!って作品を知っていますか? ハルヒに次ぐ名作として一部界隈から人気のある作品ですが、知らない人はとことん知らないと思うので今回はその作品について書いていこうと思います。
ちなみに画像は中学生の頃に幕張メッセまで行ってもらってきたとらドラ!陣のサインです。大掃除してたら卒業アルバムと一緒になって出てきました。
ライトノベルは独特な文化
ライトノベルノベルを知らない皆さんは「そもそもライトノベルってなんなの? 村上春樹だけ読んでればよくない? 村上春樹サイコー!」といった意見でしょう。まず、ライトノベルとは何かについて考えていきます。まず引用から。
※調べたところ、とらドラ!シリーズの売り上げは380万部、これは村上春樹の1Q84シリーズの300万部を超えるほどの売り上げです。参考までに。
表紙や挿絵にアニメ調のイラストを多用している若者層向けの小説
とあります。表紙に可愛い女の子(男の子)が書いてあったらそれはライトノベルですね。
では、村上春樹や有川浩などといった一般的な小説(わかりやすいように個人名出しましたが、特に意味はないです。みなさんは好きな小説を思い浮かべてください)と、ライトノベルで大きく違う点は何でしょう。
行間を読む
それは「行間を読む」という文化があるかないかという違いになると思います。一般的な小説にはこの行間を読むという文化があり、それが読書の醍醐味の一つともいえるでしょう。天才と言われているような小説家が書いた小説ほどそれは顕著で(太宰治くらいしか読んだ事ないけど許してください)、小説の文章から書かれている情報以上のことを読者が受け取り、物語を紡いでいきます。
一方、ライトノベルにはこの行間を読むという文化が無いといってもいいでしょう。それはライトノベルが小説ではなくエンターテイメントであるから、と言い切ってしまって差し支えないと思います。そもそもライトノベルが若者向けであるように、それを書く人も若者が多かったりします。高校生が書いた小説がそのまま書籍化された話とかもよくあります。
ライトノベルがエンターテイメントである理由としては、第一にセリフの多さというものが挙げられます。ライトノベルを読んだ事ある人なら分かると思いますが、圧倒的にセリフの量が多いです。それもそのはず、書く人の能力が未熟であっても簡単に状況を表現するにはセリフを多くする他に手段がないからです。セリフを多くする事でテンポを良くして、コメディを表現してエンターテイメントとして落とし込んでいます。
第二に妄想を具現化したライトノベルが多いという事が挙げられます。某ハルヒと愉快な仲間たちがワイワイしたり、学園都市で戦闘を繰り広げたり、はたまた生徒会に所属してハーレムを構築したり。作者や読者の妄想を具現化したものが多いのがライトノベルの特徴です。
以上二つの理由から、ライトノベルには通常の小説のような行間を読むという醍醐味は無く、代わりに妄想を具現化して分かりやすい状況表現をしているものが多いです。
方向性の違い
小説とライトノベルは、文字という同じ媒体を使ってはいるものの、その方向性は全くといっていいほど違い、この二つを比較する事は非常にナンセンスであると言えます。「ライトノベル読むくらいなら村上春樹読むわ。ライトノベルの文体って稚拙だし」という意見をよく耳にしますが、こういった意見はライトノベルをあくまで小説の一種として扱ってしまうからであって、ライトノベルを「ライトノベルというジャンル」としてのエンターテイメントで捉える事が出来れば、このような自体は避けられます。あと、村上春樹はみんなが知ってる小説家の代表として出してるだけなんで特に気にしなくて大丈夫です。夏目漱石でも山田悠介でも星野源でもその辺の人に置き換えてもらって構わないです。
以上をまとめると、ライトノベルは一般人が想像するような小説とは全く違う土俵の作品であるということです。
ハーレム・学園物多すぎ
タイトルの通りです。エンターテイメントを追求したライトノベルというジャンルは、何故ハーレム物が多かったりどの作品にもツンデレが存在しているのかという問いです。
答えは、「思春期男子の憧れだから」と言えます。思春期の男子はTo LOVEるのようなハーレムに憧れますし、ルイズのようなツンデレと仲良くなりたいと思っています。それは全女性が川上洋平を好きなのと同じくらい当たり前の常識です。僕も川上洋平みたいになってギャル曽根みたいな彼女を8恒河沙人(ごうがしゃ、10の52乗)くらい作りたいです。
余談は置いといて、ハーレムを作るのも、ツンデレと仲良くなるのも、川上洋平になるのもほとんど不可能です。だからせめてその妄想をライトノベルというものにしようと考えるのです。幸い、ライトノベルは初心者でも書けますし、売れれば可愛い絵がついて小説家されますし、それがさらに売れればアニメにも映画にもなり得ます。思春期男子がアニメ化の夢を見て己の妄想を文章に落とし込むのとライトノベルというものになると言っても過言ではありません。
思春期男子の妄想なんてたかが知れてます。だから、ライトノベルは似たようなパターンやキャラが多くいるのです。かぶってるパターンほど、思春期男子の憧れってことです。
高校生活をモチーフにしたライトノベルがほとんどなのも、思春期男子の想像力ではまだ見ぬ大学生活を想像する事が出来ず、目の前の高校生活を題材にしているという理由が考えられます。
とらドラ!
やっととらドラの話題です。とらドラ知らない人のために一応説明を載せておきます。
桜舞う四月。高校二年。新しいクラス。
目つきは悪いが普通の子、高須竜児は、ちっちゃいのに凶暴獰猛、“手乗りタイガー”と恐れられる逢坂大河と出会う。そして彼女の知ってはいけない秘密を知ってしまい――。
それが竜虎相食む恋と戦いの幕開けだった!
いつもにこにこ、超マイペース娘の櫛枝実乃梨、
文武両道、勤勉実直、だけどちょっとずれてるメガネ委員長、北村祐作も絡み、どこか変なメンツによる恋はすんなりいくはずもなく……!?
『わたしたちの田村くん』の竹宮ゆゆこ&ヤスが贈る超弩級ラブコメ登場。
あらすじだけ見るとどう見てもよくあるライトノベルです。どうしてこれがシリーズ全10巻で380万部も売れたのでしょうか。
とらドラが売れたのはライトノベル的要素に小説的要素を加えたから
売れた理由としては、第一に徹底的にライトノベルとしての作品だったから、という事が挙げられます。登場人物は主に5人、男2の女3。クスッと笑ったり爆笑できるようなネタを散りばめたコメディ。キャラクターにもツンデレが当然のようにいるし、優等生君、現役読者モデルの美人さん、若すぎるお母さんまでいる。徹底的に思春期男子の妄想を落とし込んだような設定である。(作者は三十路の女性ですが)
主人公とヒロインがお互いの親友を好きになるというこれもまた目が痛くなるようなライトノベルっぷりです。ここまで徹底的にライトノベルとしての掟を守りまくっているのも珍しかったりします。よく言えば安心して読める作品ですね。
その安定したライトノベルとしての土台に立って竹宮ゆゆこが描いたのは、徹底してこだわり抜いた恋愛作品です。これが第二の売れた理由です。
竹宮(作者)が描いたのは、ハルヒのようなSFでもなく、SAOのような戦闘系でもない、ただの恋愛作品です。しかし、ライトノベルにはとらドラのような恋愛作品はあまり多くはありませんでした。
それは、作者のしたい事がどうしてもSFであったり戦闘系であったりハーレム系であったりに偏ってしまうという点と、単純な恋愛作品を書く技術を持ち合わせていないから、という点です。
しかし、竹宮にはそのスキルがあったから、恋愛作品を書いたのでしょう。(天才的なスキルではなく、全体でみたら平凡なスキルです。ただ、ライトノベルの中では中々に上手であると言えます)。竹宮が女性であったというのも大きな要因として考えられます。
さて、そんなライトノベルな土台の上で展開された恋愛ですが、中々に複雑でドロドロなものでした。女の子の主要登場人物3人がそれぞれ深く考え、葛藤の中で恋愛をしていくというという構図ですから、ささいな心境であったりを描く必要があります。それはもはやライトノベルという枠を超え、小説という領域に足を踏み入れた作品であると言っても過言ではありません。当然、行間を読むという小説ならではの文化も存在しています。
ライトノベルの妄想を具現化した設定に、ドロドロの恋愛要素という小説チックな要素を合わせて鍋で煮込んだのが、とらドラという作品です。
そんなライトノベルと小説のいいとこ取りをした作品は、珍しいわ面白いわでバカ売れするに決まってます。これがとらドラが売れたという僕なりの考えです。
一見したら、ライトノベル。よく読んだら、恋愛作品。だけどキスシーンは最後の最後まで出てこないという軽さもある。(壮絶なネタバレごめんなさい)
そんな不思議な作品が、大衆にウケたのでしょう。
おわりに
完全に余談なんですけど、気まぐれで一部記事に広告つけたんですけど先月の広告収入10円でした。ネット広告のトップベンチャーのファンコミュニケーションズ仕事してくれ。(ファンコミュニケーションズの皆さんからの内定をお待ちしております)
おわり。